見えない外圧があるのなら

妻が、自分が家事・育児の分担を求めたことが理由で夫の給料や会社での評価が下がることを嫌がるから、夫の勤務先の意識改革が進まないのです。

そして、共働きの夫婦のそういう「覚悟のなさ」が、そして妻が自分の都合を自分の勤め先だけに押し付けるというセコさが、社会の改革を阻害しているのです。
自分と旦那が納得しているのなら、周囲がなんと思おうとどうでもいいわけで、そういうどうでもいいことを気にして萎縮することが正しいとすること、そういう女性の覚悟のなさについて同情の念を抱かない人の方が悪いという一方的な決めつけこそ、この社会が男女平等参画の方向に進むことを阻んでいるのだと思います。

見えない外圧があるのなら、その見えない外圧自体がなくなるように運動するのが当たり前で、見えない外圧があるという事実を放置して、自分の会社の同僚に自分の仕事を押し付けるようなことが当たり前になることは、たん所平等参画を阻害すると考えるのが、当たり前だと思うんですが。

外圧があるのなら、外圧をなくすようにすることが、男女平等参画を進める上での王道で、それを姑息手段で誤魔化すというのは、大多数の「誤魔化せない女性たち」にとって、マイナスになりこそすれ、プラスなることは全くないのではないでしょうか。